昨日の共通テストの世界史Bの問題文・資料・史料をもとに、発展問題(論述問題)を作問していきます。
論述問題
東京大学、京都大学、一橋大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学、筑波大学、東京外国語大学、早稲田大学、慶応義塾大学、上智大学など長い論述問題が出題される大学は数多くあります。各大問から、良質なオリジナル論述問題をご用意しましたので、自分の大学で出題されそうな形式のものを中心に演習の材料としてください。
第1問より
(1)問題Aの資料で先生がこの後、「銃後での活躍によってヨーロッパを中心に女性が参政権を得るようになったことが分かりましたね。これまでの話からも分かるように、民主政の下では『国防力』のあるものに参政権が与えられるのです。このほかにどのような例が挙げられますか?」と述べたとする。この質問に対するあなたの答えを500字以内で述べなさい。ただし「である」調でよい。
(2)傍線部bについて。
(ⅰ)その後の中国の歴史に与えた政治的・社会的・文化的影響について説明しなさい。(400字以内)
(ⅱ)宋学(朱子学)が正統学派としてその後の中国の諸王朝や近隣諸国で受容された理由を120字以内で論じなさい。
(3)儒教について、名古屋大学の2017年第1問を解きなさい。
第2問より
(1)問題Aについて、クレシ―の戦いは百年戦争の一環として発生した戦争である。百年戦争について戦争の背景と原因、およびフランスにおける意義について、300字程度で論じなさい。
(2)傍線部bについて。ナントの王令の目的は何であったのかを、当時のフランスの政治や宗教にフォーカスしながら250字以内で説明しなさい。
(3)問題Bについて。
(ⅰ)ファーティマ朝のカリフの正統性がこのように後世においても論じられる背景には当時のイスラーム世界の不安定性、あるいは多極性があると考えられる。その事情について200字以内で簡潔に説明しなさい。
(ⅱ)現代のイスラーム世界にはスルタンもカリフも存在しない。それはトルコ共和国の建国者が廃止したからである。その人物の名前を明らかにしつつ、その改革の内容について具体的に350字以内で説明しなさい。
(4)第2問全体を通じたテーマである「君主」については世界史を学習すると様々な形態があったことが分かるだろう。特に「君主」権の絶対性は場所や時代によってさまざまな事情があると言える。以下の5つのテーマについて、それぞれの「君主」権は、政治の中でどのように位置付けられたりしたのか。あるいはその絶対性の程度はどれくらいだったのか。各々につき、当時の状況をまとめなさい。
Ⅰ 中世ヨーロッパの教皇と皇帝
Ⅱ イギリスの国王
Ⅲ 絶対王政期のフランス
Ⅳ イスラーム世界全体から見たスルタンとカリフ
Ⅴ 明・清の時代の中国
第3問より
(1)問題Aでは2021年に没後200年を迎えたナポレオンの功績について、先生と生徒の会話が描かれている。資料からも分かるように、奴隷制の復活などには批判が見られるものの、総じてフランス国内で彼は国民的英雄としてみなされることが多い。しかしヨーロッパの他国では「戦争魔」、「吸血鬼」などと厳しく評価されることもある。以下の資料も参考にしつつ、カール大帝と比較しつつ、ナポレオンについて「英雄」と「侵略者」の二方面から評価しなさい。(400字以内)
[資料]
1804年12月2日、パリのノートル・ダム寺院で戴冠式がおこなわれた。ナポレオンはたしかにシャルルマーニュ〔カール大帝〕を追憶した。しかし大帝はローマに行って儀式をおこなったが、ナポレオンは教皇ピオ7世をパリに招いた。その効果をかれは計算していた。しかも教皇の手で加冠することになっていたのに、その瞬間かれは帝冠をとりあげ、自分で頭上にのせた。このふるまいはナポレオンをいかにもよくあらわしている。そのあとで、ひざまずくジョゼフィーヌに冠をおこうとした。ルーヴル博物館のダヴィドの絵はこの瞬間をとらえている。ナポレオンの母方の叔父フエシュ枢機官とならぶ教皇は、不興げな表情をしている。
………………………
ベートーヴェンの伝記のなかで、第三ジンフォニーについて、かれの苦悶するすがたは、感動的な偉大さをもっている。
………………………
もともと共和的な思想をいだいていた芸術家には、故国の敗戦とはべつの問題として、ナポレオンが自由精神、人間解放の選手として新しい時代をつげる英雄のようにおもわれた。フランスとオーストリアの講和後、ヴィーンにはベルナドットが公使としてのりこみ、ベートーヴェンにナポレオンに対する関心をかきたてた。ナポレオンの終身執政就任の報は音楽家の不安をかきたてたが、理想化された英雄の像はまだくずれなかった。1803年、ベートーヴェンはやむにやまれぬ芸術的意欲を第三ジンフォニーの作曲にそそぎ翌年にいたって完成し、表紙にボナパルトと記入した。フランス軍は解放の革命的軍隊であり、ナポレオンは革命的英雄でなければならなかった。これが『エロイカ』のテーマである。しかしナポレオンの皇帝に即位したという報告は、まもなく全ヨーロッパにつたえられた。ベートーヴェンは大きな衝撃をうけ、はじめてナポレオンの侵略者、独裁者としての存在に眼をひらいた。
(井上幸治『ナポレオン』岩波新書)
(2)問4(正解は4)について。東林派が政府を批判した理由を50字以内で簡潔に述べよ。
(3)問題Bについて。それまで複数の有力な思想の一つに過ぎなかった儒学が、他の思想とは異なる特別な地位を与えられたのは、前漢半ばであった。そのきっかけとなった出来事について60字以内で説明しなさい。
(4)問題Cについて。四部分類は中国の伝統的な書籍の分類の仕方である。しかし、そのうちの一つである「史部」だけは後から独立した過去をもつ。会話文で教授が述べている通り、独立の背景には歴史書の増加があげられるが、内藤君はそれ以外にも理由があると考えている。内藤君がこの会話の後、図書館で調べた結果、どのようなことが分かるだろうか。推測しなさい。
高2以下の時間のある諸君は、以下の資料を参考にしてもよい。
古勝隆一.2010.「『隋書』經籍志史部と『史通』雜述篇」
第4問より
(Ⅰ)問題Aについて、次の文章を読み、以下の問題に答えなさい。
①ビザンツ帝国は時代によって拡大・縮小を繰り返したが、資料1の金貨はその影響を大きくは受けずに当時の地中海商業圏を活性化していた。帝国内の三一が集積するコンスタンティノープルはキリスト教徒だけでなくユダヤ人やムスリムをはじめとするさまざまな民族が往来し同時代では世界トップレベルに多様な文化が混在していた。一方で7世紀に成立したイスラームは征服した地において、当初統治制度を画一化しイスラーム化を進めるために、様々な政策を展開した。しかし資料2の金貨を出した王朝を滅ぼして、その直後に繁栄することとなる②アッバース朝は、それとは異なる政策を示すことになる。
(1)ビザンツ帝国の「ギリシア化」という言葉について300字以内で説明しなさい。
(2)その具体的な内容について、資料2の金貨を出した王朝と比較して200字以内で説明しなさい。
(Ⅱ)問題Bについて。会話文の竹中くんの最後の発言に対して、先生は「鋭い指摘」であると評しているが、それはなぜか。全体を読んで、簡潔に述べよ。
(Ⅲ)問題Cについて。史料と問題文はイギリス建国の基礎固めをまとめたものである。しかしアングル人の時代は長くは続かず、11世紀にはノルマン人がイングランドに乗り込んでくることになった。当時、ノルマン人はイギリスのみならずヨーロッパ全体で「大移動」を繰り広げ、政治、経済、社会の面で影響をあたえていた。その具体的な内容について500字以内で説明しなさい。
第5問より
新型コロナウイルス感染症の拡大は、グローバル化の進んだ国際社会にその一因を帰すことができる。こうしたグローバル化の原型は古代から見られるものであるが、近代以降はそれまでよりも急速にヒトとモノによる二つの面から「世界の一体化」が進むことになった。それは、西ヨーロッパやアメリカに成長や潤いをもたらしただけはなく、世界各地の社会構造や経済体制を変化させていくことになった。そしてこうした事情はこの問題のテーマである「歴史統計」を分析することによって理解される。
以上の点を踏まえつつ、18世紀から第二次世界大戦直前にかけての「世界の一体化」の展開について660字以内で論じなさい。ただし解答に際しては問題AやBの会話文・史料・統計・問いの解答などを必ず参考にして、さらに以下の7つの語句を少なくとも一度は用いなさい。
オタワ会議 綿織物 オランダ 世界恐慌
ジャガイモ飢饉 プランテーション 苦力
添削などについて
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